ある高校の校門前。どこにでも
ある下校風景の中にボクはいた。
「あの、ちょっといいですか?」
「。・・・:」
マジメそうな女子高生に声かけるが完全に無視。
「すいません、少し時間ありませんか?」
続けて声をかけた、高校球児風の丸坊主は途端に迷惑そうな顔になった。
「そういうのに答えるなって言われてるんスよ」
生徒たちにキャッチのごとくかけ、1時間が過ぎようとしている。ボクはしだいに焦りを感じ始めていた。
地方の公立H高校で男性教諭Sが女子更衣室にビデオカメラを設置、着替えシーンを盗撮するという事件が発覚した。
その「盗撮教師」の写真を入手することこそ、ボクがここにやってきた目的なのだ。写真週刊誌の記者になって初めての仕事だった。
「キミたちS先生の写真なんて持ってない?」
スカートの下にジャージという奇妙な姿のコギャル3人組に声をかけた。
「まだいたのぉ、しつこくない?」
「持ってても貸さないよ-だ」
「あ、アタシ、100万くれたら貸してあげてもいいよぉ-」
ゲラゲラ笑いながら立ち去るコギャル。完全におちょくられている。事件はワイドショーやニュースでも取り上げられ、生徒たちはマスコミの取材に対してすでにウンザリしているのだ。
それにしても、なんであんな小娘にまでバカにされなけりやいかんのだ。立ち去る彼女たちの背中を見送りながら、ボクはこの仕事を続けていけるのか不安になっていた。
それを遡る数カ月前。ボクはあるテレビ番組のADをドロップアウトした。奴隷同然の扱いと労働基準法を無視した激務の連続に音を上げたのだ。元来へタレのボクにしてみれば当然の結末である。かといってこの不況の世、次の仕事が簡単に見つかるほど甘くはない。すっかりプータロー生活を強いられ、マンガ喫茶に入り浸っていると、さらにキビシイ現実が叩きつけられた。
5年付き合ったカノジョからあっさりフラれてしまったのだ。
昼間から家でゴロゴロ「笑っていいとも」を見ながらオナラ、ブー。これでは見捨てられるのも仕方がない。
仕事もダメ、女もダメ。何をやってもダメダメ。こうなったら、しばらくインドにでも行って人生とやらを見つめ直そうかと悩んでいた矢先、ある情報が飛び込んできた。
週刊誌が取材記者を募集しているというのだ。良くも悪くも日本中に話題を提供する有名雑誌である。
何やら刺激的な体験ができそうだ。ボクはほとんど好奇心だけでこの話に飛びつくことにした。
ベテランKカメラマンと2時間近く声をかけまくっただろうか。ようやく写真を提供してくれるというヤンキー風の生徒を捕まえた。
「Sの写真か、いくらくれるの?」
やはりカネが目当てである。
盗撮テープの上から部活の練習をフォーム研究のため練習風景をよくビデオに撮っていたのだが、ある日練習後にビデオを見ながら部員とミーティングをしていた際、 一瞬、女子更衣室の映像が見えたという。
それを不審に思った生徒たちが校長に報告して今回の事件が発覚したらしいのだ。
盗撮テープの上から部活の練習を撮影するとは何ともお粗末な話である。
テープをケチらなければバレなかったのに・・
何はともあれ、顔写真もゲット、生徒からの証言も取材できた。
もう十分だと思っていたボクは正直驚いた。さらに事件の当事者に迫る取材が必要らしい。
「次は自宅に直撃取材するし かないわな」
そこまでやんなきゃいけないのかと思いつつ、カメラマンと共に自宅へ。何度もチャイムを押してみたが一向に返事はない。 しかし、電気メーターはかなりの スビードで回っている。
冷静に考えれば、こんな件でわざわざマスコミの前に姿を現すわけがない。仕方なく自宅 の写真だけでも撮影しようとカメラマンがフラッシュをたいたその瞬問、突然ドアが開いて男が飛び出してきた。
「何撮ってるんですかー」
「なんだ、いるじゃないですか」
ボクは名刺を差し出して取材したい旨を伝えた。男は身内の者だという。なるほど。生徒から入手した写真にどこか似ている。
「本人も反省しています。それ以上は警察や学校の方におまかせしていますんで…」 ま、それが限界。身内にしてみれば精一杯だろう。礼を言って立 ち去ろうとすると、男が恐る恐る切り出してきた。
「顔写真とかも掲載されちゃうんですか」
「そりゃ出ますよ。罪を犯したわけだから」
「何とかなりませんか」
「イヤ、なりませんね」
突然、男は裸足のまま玄関から飛び出て、ひざまずくと、両手を地べたに付いた。
「お願いしますー写真だけはー」
こんなに力を込めて土下座をされるのは初めての体験だ。何ともいえない気まずさが体を撃つ。
「頭を上げてくださいーやめてくださいよ」
「え?それじゃ…」
男が一瞬うれしそうな顔をしてボクを見上げる
「記事にはならないということですか」
「そんなことは約東できません。 こうして事件にもなっているので取り上げないわけにはいきませんよ」
男はうっすらと涙を浮かべながら訴えた。
「彼にもこれからの人生があるんです。名前や顔が世間に知れたら次の仕事も見つけられない、生きていけませんよー」
「仕方ないでしょ。悪いことをしたのは5さんなんですから」
「顔写真まで掲載しなければいけ ない理由があるんですかー」
どこまで行っても平行線である。
ボクは男の訴えに耳を貸さず自宅を後にした。 初仕事は終了。盗撮教師5の顔写真。盗撮を発見した生徒たちの証。家族のコメント。記事としては十分だろう。
しかし素直に喜べない。女子更衣室の盗撮という罪を犯した5。 その代償として教師という職業を奪われるのは当然としても、全国誌に顔写真まで掲載され、社会的制裁を受ける必要があるのだろう か。ようやくボクは自分の認識の甘さに気づき始めていた。
被害者が美人じゃないから 記事はボツ
写真週刊誌は当然ながら写真が ないと始まらない。そこで芸能人 や政治家のスキャンダルを撮るた め展り込みなどを行うのだが、 いかんせんボクがいるのは事件班 だ。殺人事件の決定的瞬間などはまずお目にかかれない。 唯一、犯人が逮捕されて連行され る瞬間などがこれに当てはまるのだろうが、あいにくこれはカメラマンの独壇場。素人のボクがプラプラして撮れるというものではない