いろんなお仕事・バイト職業図鑑

ブラック仕事も儲かりそうな楽しい仕事もいろんなお仕事・バイトの体験記です。

給料は完全歩合制蓄電池の飛び込み営業

大学3年生だった俺は、就活に対して漠然とした不安を感じていた。
 一足先に有名企業の早期選考
に合格する友達を尻目に、「俺
もなにかしなきゃなぁ」と焦燥
感に駆られていたのだ。
 そんな思いが強くなり、夏休
み明けの9月、就活で有利にな
りそうなアルバイトを探すことにした。
 社会人といえば営業力は欠か
せない。そう考えていた俺は、
求人広告でたまたま目に入った、
とあるベンチャー企業に惹かれる。

そこには、
<数百万円のモノを売る営業です! 大学生歓迎! 時給1500円〜>
との説明が。営業スキルを身
に付けながらお金をもらえるな
んて最高じゃん! 数百万のモ
ノを売ったなんて就活のネタに
もなりそうだし! と、すぐさ
ま応募したら、簡単な面接を受けてあっさり合格となった。
 実際に営業として働く前に、
「アプローチトーク」なるマニ
ュアルを覚える必要があるらし
い。さっそく渡されたA4の紙に目を通すことに。
 読み進めるごとに、嫌な予感
がしてきた。
インターフォン
やら<自己紹介>といった説明が目立つのだ。
 あれ? この仕事ってもしや
飛び込み営業なの…?勤務初日。事前にメールで伝
えられた都内の某駅前に着くと、
そこには俺の他にも多くの大学生がいた。
 近くの公園に移動し、社員に
よる朝礼から勤務内容へ。俺た
ち営業の役割は、とにかく契約
を取ることにあるらしい。
 で、何の契約を取るかという
と、家庭用の設備、とりわけ「蓄
電池」がメイン商材となる。大
型のモバイルバッテリーのよう
なもので、停電時に効果を発揮
したり、太陽光発電との相性が
良く、ここ5年ほどで注目を集
めているらしい。つまり求人広告で見かけた、
数百万円のモノを売る営業とは、
蓄電池の飛び込み営業だったのだ。
 この時点でだいぶハードな予
感はしたが、さらに説明は続く。
営業で出向くエリアまでの交通
費は全額自己負担であることに
加え、給料は完全歩合制。
300万円の蓄電池を1世帯契
約して、ようやく8〜10万円の
成果報酬が支払われるのだとか。
求人広告と言ってることが全然違うぞ。
 説明していた社員と入れ替わ
りで、ゴリゴリのラガーマン
ような体格をした支部長が登場した。
 このラガーマンに営業のコツ
(ほぼ自分語り)を聞かされた後、大声で鼓舞された。
「お前ら! 売って売って売りまくるぞ!」
 周りの大学生たちも目を輝か
せながら話を聞いていて、なん
だか不気味な空間だ。
 こうして30分ほどの朝会が終わり、一斉に営業がスタートする。
 各々に割り当てられたエリアの中で、地図アプリを使って目
星をつけ、ひたすら飛び込み営業していくのだ。
 先ほどのラガーマンに鼓舞さ
れてやる気が出たのか、大学生
たちは続々と自分のエリアに歩
みを進める。俺も金持ちそうな
一軒家に片っ端からピンポンを押しまくった。
 眉間にシワを寄せた家主を相
手に、片手にマニュアルを持ちながら笑顔で話す。
 きっとウサン臭いセールスマンだなぁとでも思っていたに違いない。朝から晩まで計50軒ほど営業したにも関わらず、1件も契約には結び付かなかった。
 こうして泣かず飛ばずだった
俺も、3カ月が過ぎたころには
徐々に結果がついてきた。営業
トークが上達したのも理由のひ
とつだが、ターゲットを老夫婦
に絞ったのが大きい。
 ジジババは若者の話を素直に
聞いてくれる。しかも退職金を
持て余しているパターンが多い
ので、簡単に契約に結び付くのだ。
 かくして少しずつ成績を伸ば
していた俺に、先輩から呼び出
しが。
「来週は東北に出張な」
 事業拡大に伴い、地方で営業してこいというのだ。
 仕方なく自腹で新幹線に乗り、
某田舎へ。
12月の半ばということもあり、凍えるような寒さが肌に染みる。
 もちろんこんな状態ではまと
もに営業できるはずもなく、契約はゼロだった。
 結局、給与体系に元々不満が
あったことに加えて、飛び込み
営業が精神的にキツかったこと
もあり、わずか半年で辞めてしまった。
また、辞めた後に知ったこと
だが、俺のように求人広告に釣
られる大学生が後を絶たないらしい。
 この営業は、とにかくお得に
蓄電池を買えることを売りにし
ていたが、ネットを見れば
100万ほど安く手に入るので、
情弱向けのビジネスとしか言いようがない。